嚥下障害者への安全な食提供に繋げる“トロミ度”検出機器開発補助事業
2021年度 機械振興補助事業 研究補助 若手研究
すべてのご家庭に安心と安定した食提供を
① 研究の目的と背景
私たちは、超高齢社会のまっただ中におり、嚥下(飲み込み)障害はもはや特別な病気ではなく、誰もが直面しうる身近な課題となっています。嚥下障害を抱える方がおられるご家庭において、水分補給は「生きるために不可欠な行為」であると同時に、一歩間違えれば「誤嚥(ごえん)による命の危険」を伴う、非常に気を遣う作業でもあります。
多くのご家庭で「とろみ剤」を活用されていますが、実はここに大きな落とし穴があります。とろみ剤はメーカーや製品ごとに特性が全く異なり、同じスプーン1杯でも、飲み物の種類や温度、混ぜる時間によって驚くほど「とろみ具合」が変わってしまうのです。「いつもと同じように作ったつもりなのに、今日は少し緩い気がする……」といった主観的な不安は、介護者の大きな精神的負担となっています。
私たちは、こうした「目測や勘」に頼らざるを得ない現状を、科学の力で打破したいと考えました。高価な専門機器が置かれた病院の中だけでなく、毎日の食事を作るご家庭の台所で、誰でも、安価に、そして何より簡単に「今のとろみ」が数値で分かる環境を実現するような粘度計を開発し、安定した食支援を提供することが本研究の最大の目的です。
② 開発内容
既存技術の限界を打破する、手のひらサイズの革新
「とろみ」の正体は、物理学的には「粘度(流体を動かそうとした際の抵抗)」として定義されます。この粘度を測る機器は既に存在しますが、家庭への普及には極めて高いハードルがありました。
従来の粘度計が抱える課題
| 細管式 | 液体が管を流れる時間を測りますが、サラサラした液体専用で、強いとろみには不向きです。 |
|---|---|
| 落球式 | 球が沈む時間を測るため、粘度の高いものに適しますが、装置が大型で扱いが煩雑です。 |
| 回転式 | 回転体が受ける抵抗を測る、現在最も正確で普及している方式です。しかし、精密なモータ制御が必要なため非常に高価(数十万〜数百万円)であり、小型化が進んでもなお、一般家庭に導入できる価格帯ではありませんでした。 |
独自手法による原理試作の開始
そこで私たちは、従来の「回転トルクを直接測る」という複雑な構造から脱却し、全く新しい計測手法の確立を目指して原理試作を開始しました。
試作機は、全長150mm、直径30〜40mmという「キッチンに置いても邪魔にならないサイズ」を実現しました。この小さな筒の中に、攪拌(かくはん)棒を駆動させるための小型モータと、独自の検出機構を入れ込みました。原理試作段階として、測定データはUSBケーブルを介してPCへ転送し、専用ソフトウェアで詳細に解析できるシステムを構築しました。これにより、わずかな粘度の変化も捉えることが可能となりました。
試作機の精度を検証するため、共同研究先にある世界最高峰クラスの精度を誇るレオメータ(Anton Paar社 MCR 702e)を比較対象に設定しました。「家庭用の安価なデバイスが、世界トップクラスの研究用機器にどこまで迫れるか」 この高いハードルを指標に掲げ、比較実験を繰り返しました。
検証には、水や牛乳、グリセリンといった「常に性質が安定している液体(ニュートン流体)」だけでなく、バターや蜂蜜、そして何より重要な「とろみ剤溶液」を重点的に使用しました。日常私たちが口にする食品のほとんどは、混ぜる速さや力によって粘度が変化する「非ニュートン流体」という非常に扱いにくい性質を持っています。この複雑な性質を持つ「とろみ」を、どのような条件下でも安定して、かつ瞬時に計測できること。それが、実用化に向けた開発条件です。
